Venezia

 

地図とカメラとガイドブック。街角でそれらを手にしていることは、自分がその街の住人でないことを、周りに言っているようなもの。観光客だとわかるとなにかと不都合が多い。不都合どころか危険でさえある。だから慣れない街だというのに、私はヴェネツィアの街角で地図を出すのをためらった。
旅はふたり旅であったけれど、ふたりの趣味が微妙にずれるのと、お互いことばにはさほど困らないのとで、別行動することも多かった。その日の午後も、疲れて昼寝をするという彼女を部屋に残して、私はでかけることにしたのだった。
右のポケットにはコンパクトカメラを、左のポケットにはガイドブックから切り取った地図のページを押込む。必要な時にさっと取り出し、用が済んだらすぐしまえるように。地図にはいくつかの印がついている。教会から教会へ順に巡ってみよう。

 

ところがヴェネツィアの迷宮は手元の地図などよりよほど複雑にできている。知らない道をあてもなく散歩するのも楽しいが、目的の道からだいぶ逸れたことに気づいてしまったので、次の目的地に行く道を探すことにする。”Ciao, Bella!” とにっこりしたおじさんをつかまえて、道を聞く。

「ここは、どのへんなの?」地図を見せると、
「どこへ行きたいんだ?」
「ここなんだけれど・・・・。」地図の一点を指差す。
「Mooooolto difficiiiiiile! (そりゃ、難しいよ)」

とりあえず、次に曲がる角を示し、迷ったらまた人にきくようにと言われる。
イタリア人には地図を読むのが苦手な人も多いというのを後になってから聞いた。もしかしたら、おじさんは、そんな人のうちのひとりだったのかもしれない。今となっては確かめようがないが。

 

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